天王星を取り巻く個性的な衛星たち

  • 2024/06/27
  • 太陽系

前回の記事で、天王星がいかに個性的で興味深い惑星であることがわかりました。個性的なのは天王星だけではなく、衛星たちもまた、ユニークで好奇心を湧きたてられる天体たちなのです。今日はその中でも特に興味深い5つを取り上げます。

天王星を取り巻く衛星たち

天王星には、これまでに28個の衛星が発見されています。S/2023U1を除いた27個の衛星には、
オフィーリア、アリエルなど劇作家シェークスピアと詩人アレクサンダー・ポープの作品に登場する人物の名前が付けられています。

ハーシェル・シェークスピア・ポープ
左:ウィリアム・ハーシェル 中:シェークスピア 右:アレクサンダー・ポープ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

天王星と主な衛星を見つけたのはイギリスの天文学者ウィリアム・ハーシェルです。
ハーシェルはイギリスの文学作品にちなんだ名前を好んで衛星に付けました。28個の衛星のうち、球体の衛星は大型衛星の5個だけであとはすべて岩の塊のようないびつな形状になっています。これは天体が球体になるためにはある程度の質量が必要で、小さい衛星は質量が足りず球体にはなれないためです。

球体天体と不揃い天体
球体衛星と不規則形状の衛星

衛星の分類

天王星の28個の衛星は、3つのグループに分類されます。

内衛星

内衛星の位置関係
内衛星の位置関係

環に近い軌道を公転する13個の小さな衛星で、天王星の自転方向と同じ方向に公転しています。
天王星から近い順にε→ν→μの順で環がありますが、内衛星はε環の両端で公転する羊飼い衛星、ν環の内側を公転するポーシャ群衛星、ν環とμ環の間を公転するベリンダ群衛星に分けることができます。

大型衛星

大型衛星の位置関係
大型衛星の位置関係

天王星の衛星の中でも大きな以下の5つの衛星。  内側から順にミランダ、アリエル、ウンブリエル、チタニア、オベロン。 このうち、オベロンだけが天王星の磁気圏の外を公転しています。

不規則衛星

不規則衛星の位置関係
不規則衛星の位置関係

天王星から遠く離れた軌道を公転する10個の衛星。1つを除いてすべてが天王星の自転方向とは逆方向に公転しています。軌道が楕円形で大きく傾いており、天王星の重力に捕獲された天体だと考えられています。

内衛星 羊飼い衛星

羊飼い
羊飼い 出典:illustAC

内衛星の中で「羊飼い衛星」と呼ばれる衛星が2つあります。コーデリアとオフィーリアです。どちらも直径が40キロメートルほどの小さな天体です。羊が群れからはぐれないように見守る羊飼いのように自身の重力で環の状態を保っています。内側から11番目にある環、εの内側にあるのがコーデリア、外側にあるのがオフィーリアです。2人ともシェークスピアの作品の登場人物です。

リア王とコーデリア
エドワード・マシュー・ウォード作 リア王とコルデリア 
出典:Amazon

コーデリアはリア王の純粋な父親思いの娘で、純粋であるがゆえにリア王の怒りを買い、国を
追放されてしまいます。しかし、コーデリアの父への愛は変わらず、他の娘たちに疎まれ放浪
することになったリア王を助け、戦いの果てに非業の死を迎えるのでした。

オフィーリア
ジョン・エベレット・ミレー作オフィーリア
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

オフィーリアは叔父に父王を殺されたハムレットの恋人で、ハムレットを純粋に愛し続けます。
しかし、父の敵を討つために狂気を装うハムレットの真意に気づかず、絶望感から狂気に陥り、自ら死を選ぶ悲劇の女性です。

2人とも悲劇の女性として描かれていますが、誠実に家族や恋人を愛し続ける姿勢は、幾万年もひたすら
環を守る羊衛星の健気さに通ずるものがあります。

大型衛星 ミランダとアリエル

大型衛星の中で作者が特に好きな2つをご紹介します。

ミランダ

ミランダ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

ミランダは大型衛星のひとつで天王星の第5衛星です。名前はシェイクスピア作「テンペスト」から付けられました。物語の中のミランダは公国を追放された主人公の娘で、その純粋さで復讐心に燃える父親を明るい希望の世界に導く存在として描かれています。

ミランダとプロスペラ(映画では母親)
出典:映画.com

ミランダの表面には深さ20キロメートル以上ある深く巨大な渓谷が縦横無尽に走っています。
この渓谷がミランダの表面を恐ろしい怪物のような形相にしています。恐ろしい形相の原因は、ミランダがかつて他の衛星と軌道共鳴の状態である時に内部で潮汐摩擦が起き、摩擦加熱によって地質活動
が活発になったことと、一度破壊され再形成したためです。
ミランダは天王星に近い場所にあるため、公転周期はたったの34時間です。ミランダには潮汐ロックがかかり、天王星にいつも同じ面を向けています。ミランダの表面は落差が大きいので表情豊かな笑顔を見せていることになりますね。
物語「テンペスト」のテーマは「再生と和解」ですが、ミランダと命名された衛星ミランダはまさに「再生と和解」の天体なのです。

軌道共鳴・潮汐摩擦・潮汐ロック


軌道共鳴とは?
2つ以上の天体が互いの重力の影響で周期的に力を及ぼし合い、軌道が変化する現象です。
軌道が安定する場合もあれば、不安定になる場合もあります。

潮汐摩擦とは?
潮汐作用は天体の引力が他の天体に与える影響のことです。潮汐摩擦は、この潮汐作用によって生じる摩擦力のことです。

潮汐ロックとは?
2つの天体がお互いが持つ重力により、一方の天体の自転周期がその公転周期と一致し、その結果、常に同じ面をもう一方の天体に向け続ける状態になります。これが潮汐ロックです。

月は地球に対して潮汐ロックされています。地球から見ると月は常に同じ面を向けているのですが、これは月の自転周期(約27.3日)と地球を一周する公転周期(約27.3日)が一致しているためです。


地球と月と潮汐ロック


アリエル

衛星アリエル
衛星アリエル
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

アリエルも同じく大型衛星で天王星の第1衛星です。「アリエル」というのは妖精の名前で、シェイクスピアの「テンペスト」作品に登場します。アリエルは約2.5日で公転し、天王星とも距離が近く、天王星の衛星の中で一番明るい衛星です。いつも近くにいて、いつも明るい笑顔を見せてくれる。アリエルはそんな存在です。守護妖精というイメージにぴったりです。

妖精アリエル
妖精アリエル 出典:illustAC

アリエルが「乙女たちを守る妖精」らしいところは、表面の若々しさにも表れています。表面に
は多くのクレーターや峡谷、裂け目があり、クレーターは他の衛星に比べて新しく、表面には氷のフロー構造(液体が流れた跡)があります。これらのことから、アリエルには最近まで活発な地質活動が起きていたことがわかります。アリエルは新陳代謝がさかんな若々しい衛星なのです。最近といっても約一億年前の話になりますので、今も活発な地質活動が起きているわけではありませんが、一億年は宇宙基準で考えれば最近です。

アリエルは他の衛星と軌道共鳴を起こし、共鳴により内部に潮汐作用が働き、摩擦熱が発生し、結果と
して活発な地質活動を引き起こすことになったのです。

不規則衛星 キャリバン

最後にご紹介するのは不規則衛星のひとつ、キャリバンです。

キャリバンが写った写真
キャリバン(丸で囲った部分)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

キャリバンという名はシェイクスピアの戯曲「テンペスト」に登場するキャラクターです。
キャリバンは直径72キロメートルの小さな衛星で天王星からかなり離れたところにあり、579日かかって公転しています。しかも軌道は楕円で天王星の赤道面に対してかなり傾いており、また天王星の自転とは逆方向に回転しています。今まで見てきた衛星とは明らかに異なった特性を持っています。この異質さがキャリバンと命名された所以なのかもしれません。

キャリバン テンペストより GettyImage Licensed

「テンペスト」のキャリバンは、怪物のような風貌を持つ野蛮人ですが、意外にも美しい詩を語る不思議な存在です。魔力を持っているにもかかわらず使い方を知りません。
無知ゆえに後からやってきた主人公のプロスペローに島の主導権を奪われてしまいます。常に不満を持ち、プロスペローに反乱を起こすのですが、最後は自分の行いを反省し、プロスペローと和解します。

捕縛
出典:illustAC

衛星としてのキャリバンは、逆行した公転、楕円の軌道と、他と違っています。いわゆる変わり者です。それもそのはず、キャリバンはもともと天王星の衛星ではないのです。他からやってきて天王星の重力に捕獲され、天王星圏に取り込まれた余所者なのです。

しかし、この変わり者は天王星のシステムにうまく馴染んで他の衛星の軌道を乱すこともなく、マイペースながら調和しています。乱暴だけど、どこか可愛気があって憎めない、こういう人あなたの周囲にいませんか︖

まとめ

・天王星には28個の衛星がある。
・衛星にはシェイクスピアとアレクサンダー・ポープの作品の登場人物名が命名されている。
・天王星の衛星も個性的。
・内衛星・大型衛星・不規則衛星の3つに分類される。
・太陽から遠くても軌道共鳴による潮汐摩擦が起こり、それが地質活動を起こす。
・天王星に捕獲された天体が衛星となって不規則なパターンで公転している。

長い間、天王星は太陽系の端にあるただの氷の惑星だと認識されていました。
しかし、じっくり観察してみると、宇宙の魅力と物理の面白さをあらためて認識させてくれる天体だということがわかります。天王星を知ることで、新しい発見をすることはもちろん、それまで見えてなかったものが見えるようになり、ぐっと世界が広がります。

宇宙に興味を持つことは、自分の世界を自分で広げることの面白さを体感することなのです。